Blanc MariClo’誕生までのストーリー【Part 6】 

「ブランマリクロ」を展開するフェデリーギ家のお話、前回に続くパート6です。

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第6章 四代目Mariangela FederighiとClaudia Federighi(2006年~2020年)

「ブラン」から「ブランマリクロ」に

フェデリーギ家の姉妹マリアンジェラとクラウディアがファミリービジネスをリードするようになってから5年が経ち、そのシャビーながらもエレガントなスタイルと共に、インテリア ブランド「ブラン」のファンも増えてきました。

ちょうどその頃、“二人が過ごした時間の想い出”をブランドの価値の1つにしたい、という想いが強くなってきました。

そして2006年、「ブラン」は「ブランマリクロ」とブランド名を改名します。

「ブラン」はフランス語の白、「マリクロ」は”マリ”アンジェラと”クラウ”ディアを掛け合わせた造語です。


ベイビーブラン(ミニブラン)

数年後、姉のマリアンジェラに子供が生まれました。出産後は子供と一緒に出社し、それまでと変わらず働きました。その後も更に子供が増え、子供たちは会社に来ると、昔マリアンジェラとクラウディアがそうだったように会社の敷地内で自由に遊んでいました。そして、女性であり母親であることから自然に生まれた発想により、2010年には「ベイビーブラン」が新たに加わります。


舞台をヨーロッパに

店舗運営も落ち着いてきたブランマリクロは、ミラノで2009年に初めて出展した国際見本市Macefを皮切りに、パリ、マドリッド、バーミンガムでもインテリアの展示会に出展するようになり、販売網をヨーロッパ内に広げていきました。

写真は、展示会初出展となったMacefでのブランマリクロのブース写真です。ブティ、ナチュラルな色合いによるコーディネート、拭き取り仕上げの家具、アイアンを使用したインテリア アイテム、かしこまらない雰囲気、シックなスタイルは、この頃からブランマリクロの世界を語る上で要の特徴となっていたことが分かります。



このようにヨーロッパ内でも人々の目に触れるようになったブランマリクロは、有名ブロガーに取り上げられたり、テレビ番組のセットとしてアイテムが使用されたり、ブランマリクロのスタイルをベースにしたワークショップが開かれたり、ソーシャルメディアで一般の人が話題にしたりと、日に日にブランドとして人々に認知されるようになっていきました。2013年からは、ブランドのバックシーンを撮影した動画なども配信するようになりました。





ランジェリー&ルームウェア

人生の変化に伴う新たなコレクション構築は更に続き、2015年には、日中も着用可能なランジェリーとルームウェアの最初のカプセルコレクションを発表し、写真家のモニアメルロがイメージ作りを担当。空気感のあるネオロマンティックな写真撮影を行いました。

ミラノ・ブレラ地区に初出店

フランチャイズ運営を基本に展開しているブランマリクロの専門店は、イタリア国内外に30店舗近く存在していた時期もありました。それまでフィレンツェとローマにあるお店のみがフェデリーギ社の直営店として運営されていましたが、2018年、ミラノで最もお洒落な地区として知られるブレラにも新たに直営店がオープンしています。


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マリアンジェラとクラウディアの代になって誕生した、ブランマリクロ。


それまでファミリービジネスで代々築かれたテキスタイルビジネスを基盤に、21世紀ならではのビジュアルマーケティングが加わったことで各方面への展開を果たし、人生の出来事とともにビジネスを考え、広い視野で見極めその分野の独自なスタイルを作る!この流れは、ブランマリクロがブランドとして存続していく肝であると思っています。


当時、展示会に出展することにより家具が醸す雰囲気にもフォーカスし、提携工場への製造指示などは細心の注意を払ったようです。ヨーロッパのシャビーシックブランドの家具は、拭き取り仕上げや微妙な色の出し方が、本当、シャビーながらも品のあるスタイルを作っていますよね。


完成形を似せようとしているだけの雰囲気のないシャビーシック家具は、私は全く別物として見てしまいます。。

次回のお話2020年では、四代目の歴史に新たな1ページが刻まれます!!

筆者: グラマシー 関谷愛

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